やっくせんだいぶろぐ
日本宇宙少年団 仙台たなばた分団のリーダーたちが書いてます。じこしょうかい
なまえ:日本宇宙少年団仙台たなばた分団(YACせんだい)
ねんれい:14歳
たんじょうび:2003年4月6日
仙台近辺の子供たちを対象に、
宇宙や科学についてのさまざまな活動を行っています。
ホームページ:http://www.yacsendai.com/
メールアドレス:
ねんれい:14歳
たんじょうび:2003年4月6日
仙台近辺の子供たちを対象に、
宇宙や科学についてのさまざまな活動を行っています。
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2006年09月18日
日本の翼
こんにちは。さっきぃです。
突然ですがこの飛行機見たこと・乗ったことありますか?
全長26.3m時速約444km、60(64)人乗りのプロペラ機。
彼の名前はYS11
戦後のGHQによる7年間の航空禁止によるブランクを乗り越えて、“5人のサムライ”
を中心に開発された日本初の国産旅客機です。
昭和27年(1952)開発が始まり昭和48年(1973)オイルショックによる生産打ち切りま
で、世界中に182機が羽ばたきました。
全盛期の1980年頃には国内線で77路線・416便に及び、日本の空を飛び回っていた
YS11も、老朽化や新型機の活躍により9月30日で残って
いる3機が引退して、旅客機としては日本の空から姿を消してしまいます。
先日、記念に福岡〜鹿児島まで、このYS11に乗りに行っ
てきました。
この機はJA8766。
日本航空機製造により1970年7月に新規登録され
・東亜航空 (1970/7〜)
・東亜国内航空 “とくのしま”号 (1971/5〜)
・日本エアシステム“とくのしま”号 (1988/4〜)
・日本エアーコミューター (1990/9〜)
と、36年にわたり飛び続けてきました。
ジェット機とは違うターボプロップの音や感覚、地上が近い窓の景色。初めての僕に
は全てが新鮮でした。
YS11の引退は残念ですが、近年、国産旅客機を開発する
計画も少しずつ進んでいるようです。
将来、日本の国産旅客機が再び日本中・世界中の空を飛ぶ日を夢見ています。。。
リーダーや団員の中の誰かが新たな“サムライ”になったなら、なお嬉しいで
す。。。。。
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